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浦和地方裁判所 昭和54年(行ウ)17号 判決 1980年10月01日

原告

斉藤喜美

右訴訟代理人

高津公子

原告

斉藤馨

右訴訟代理人

加藤満生

原告

斉藤建

右訴訟代理人

大高満範

松本隆文

被告

深谷警察署長

中島春吉

右訴訟代理人

常木茂

外三名

参加人

有限会社

原土地開発

右代表者

村上三郎

参加人

村上三郎

右両名訴訟代理人

市川幸永

外一名

参加人

黒田政雄

右訴訟代理人

柳沢巳郎

参加人

齋藤スマ

右訴訟代理人

岡垣宏和

主文

本件訴は、いずれもこれを却下する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一  原告

1  被告が昭和五四年一〇月二六日原告ら三名の埋蔵物返還申出を却下した処分はこれを取消す。

2  被告は、原告ら三名に対し埋蔵物を返還せよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言

二  本案前の申立

(一)  被告

原告らの訴を却下する。

(二)  参加人有限会社 原土地開発、同村上三郎

1 原告らの訴を却下する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

三  請求の趣旨に対する答弁

(一)  被告

原告らの請求はこれを棄却する。

(二)  参加人 原土地開発、同村上三郎、同黒田政雄

1 原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  本案前の申立について

一  被告、参加人 原土地開発、同村上の本案前の申立理由

(一)  原告らが本件において取消を求めるものは、被告が原告らの埋蔵物(後記元文小判四八九枚を指す。以下本件埋蔵物という。)返還の申出に対し、右埋蔵物が原告らの共有に属する証明がないとして、これに応ずることができない旨の通知に過ぎないから、これを行政庁の処分その他の公権力の行使にあたるものとして、その取消を求める本件訴は不適法である。

(二)  また、原告らは、被告に対し本件埋蔵物の返還を求めているが、埋蔵物の返還なる行為は行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為ではないが、仮にこれに該当するとしても、裁判所が行政庁たる被告に対し、そのような処分をなすべきことを命じうる場合にあたらないから、この点に関する訴も不適法である。

二  被告らの右主張についての原告喜美、同馨の反論

(一)  被告の本件埋蔵物の返還拒否(以下、本件措置という。)は、遺失物法所定の行政庁としての行為であり、しかも、同法は公益的見地から警察署長に対し、埋蔵物の返還申出に対する理由の有無についての判断権限を附与し、もつて行政上私人相互間の関係と異なる特別の取扱いを図つている。すなわち、埋蔵物に関する法律関係は、いわゆる伝来的公法関係に属するから、被告の右返還拒否は、単なる私法上の返還拒絶と異なり、行政上の公権性を有するものである。そして、所有者が警察署長に対し遺失物、埋蔵物につき返還の申出をしないとき又は警察署長が返還申出を拒否したときは、民法第二四〇条、第二四一条の規定によつて拾得者らがその所有権を取得し、埋蔵文化財にあつては国庫に帰属するとされているから、警察署長の措置により遺失物、埋蔵物の所有権の存否など所有者等の法的地位に重大な影響を及ぼすことになる。従つて、被告が原告らのした本件埋蔵物返還申出を拒否したのが違法である場合、または不当である場合には、行政不服審査法第一条第一項、行政事件訴訟法第八条による不服申立が認めらるべきである。

(二)  遺失物法に基づいて、拾得者が遺失物を警察署長に差出し、警察署長がこれを預り保管し所有者を探して返還するという一連の活動は、法が警察署長の犯罪捜査能力を信頼し公益的配慮に基づいて授与した権限によるものである。そして、右届出を受理した警察署長は、職権により、その捜査能力を活用して広く捜査活動を展開し、利害関係人はもち論、第三者からも事情の聴取を行い、さらに聞き込み捜査を行うなど広範囲な捜査活動を行つたうえで、遺失物の返還或いはその拒否を決しているのが実情である。このことによつても明らかなように、警察署長の行う遺失物の保管、所有者等への返還等の行為は、拾得者と所有者との間における法律関係と同様に、私法上の事務管理をもつて目すべきものではなく、伝来的な公法関係によるものというべきである。

仮に、遺失物の拾得者と所有者との関係が私法上の事務管理であるとしても、所有者に対する警察署長の遺失物返還事務がこれと同質の法律関係である必然性は存しないから、警察署長の右事務を伝来的な公法関係に属するとする妨とはならない。

このことは、埋蔵物の場合においても異なるところがない。

(三)  最高裁判所の昭和四五年七月一五日大法廷判決は、供託物返還請求に対する供託官の却下についてその処分性を肯定したが、このことからも、被告の本件措置に処分性を認め得ることが明らかである。

第三  当事者双方の主張

一  請求原因

(一)  参加人村上らは、昭和五四年二月七日埼玉県深谷市大字中瀬字延命地三〇七番三の宅地内の地下から、埋蔵の元文小判四八九枚(本件埋蔵物、本件小判ともいう。)及びその容器である甕の一部を発見し、同日被告に対しその旨の届出ならびに本件小判の提出をした。

被告は、本件小判について、遺失物法第一三条、第一条第二項後段及び民法第二四一条に基づいて公告をし、同年八月二〇日までに所有者は返還を申出ること、右申出があれば被告において返還する旨の公示をした。

(二)  原告ら三名は、同年八月一〇日被告に対し本件埋蔵物は右原告らの被相続人斉藤馨之助が同六年七月二〇日家督相続により斉藤家代々の家産として取得した遺産であり、原告ら三名は、同五一年四月九日同人の死亡によつて開始した遺産相続により、各持分三分の一の割合でその所有権を取得したものであることを申告して、その返還を申出た。

(三)  本件埋蔵物が原告らの共有に属するに至つた事情は、次のとおりである。

1 原告らの七代前における斉藤家の当主斉藤杢之助こと初代安兵衞起富は、元禄八年中瀬村の名主斉藤金左衞門分家斉藤八兵衞の男子として中瀬村に生れたが、若くして江戸に上り、両替商大阪屋善十郎を主家と仰いで両替商を習い番頭を勤めた。

2 延享二年四月一四日主家死亡後当時五〇歳であつた安兵衞は、店の跡目を継ぐよう要請されたのを辞退し、相当の金員の分与を受けて故郷の中瀬村に戻り、父八兵衞から「前久保畑一町余」その他の土地の分与を受けて分家を許され、百姓の身分を取得したが、「起富」の号の示すとおり、主家大阪屋から分与された金子をもとに、かたわら金融業を起した。

ちなみに、原告馨の手許には、延享三年(安兵衞五一歳)から安兵衞の没した天明三年(八九歳)までの間に、初代安兵衞起富が金融の証とした「畑質入申証文之事」等という村役人連署の公的文書による質権設定証書が存し、その数は八八通にも達している。これら残存の証書に記入された金高から案ずると、初代安兵衞において、年間数百両単位の金員を動かして金融業を営んでいたことが推認されるのである。さらに、中瀬村に残された資料をもとに刊行された「武州榛沢郡中瀬村資料」によると、文化三年中瀬村百姓代安兵衞は、中瀬村百姓二八人惣代として公儀に対し、増税を争つて訴訟事を行つた事実を認めることができ、右の事実によれば、安兵衞は、公儀に対し敢然と経済上の防衛を図るなど、当時の知識人としての能力も兼ね備え、これを活用して活発な経済活動を行い、富の蓄積に励んだことを知り得るのである。

3 初代安兵衞、二代安兵衞長富、三代安兵衞富辰を経て四代安兵衞寿富までは、初代安兵衞の経営路線が家訓に基づいて忠実に継承された結果、斉藤家の家業は順調に発展し、四代安兵衞寿富三五歳の天保七年には、村役人として名主に次ぐ組頭の地位を取得していたこと及び同四一歳の天保一三年には村役人筆頭の名主の地位についていたことが、村の公文書上明らかにされている。すなわち、このころ中瀬村における斉藤家の社会的地位も名実ともに定まり、爾来斉藤家は累代中瀬村の名主の地位にあつたのである。

そして、その屋敷は、初代安兵衞が取得した本件小判の発見された延命地三〇七番に該当する土地とされ、原告らの被相続人馨之助もこの地に生れ育ち昭和五一年に没するまでここを本籍地とし、後年鎌倉市に居宅を構えた後も、毎年幾度かは必ず右屋敷に立ち帰り、不動産など資産の管理にあたつていたが、同五一年くれ原告らが租税の支払に充てるため本件小判が埋蔵されていた右屋敷を第三者に売却したのである。

4 以上のとおり、本件小判が埋蔵されていた土地は、初代安兵衞が延享三年以降斉藤家の屋敷としてこれに居住し、爾来その家督相続人が代々安兵衞を名乗り二三〇年以上の長きにわたつてこれに居住し、使用を続けてきたのである。

5 ところで、いわゆる元文小判は、元文元年から文政元年まで八二年間にわたつて鋳造されたものであるが、その流通期間は鋳造終了後相当年代に及び、当時の富豪は、富の価値を守るため、質の劣る文政小判をさけて元文小判を好んで貯蔵したといわれる。しかして、元文小判の鋳造終期ころを本件小判の埋蔵期と想定すると、初代安兵衞が江戸から中瀬村に帰村した延享三年より七二年後の文政元年となり、四代目安兵衛寿富が安兵衛を襲名したころにあたるが、この時点は斉藤家の家業が隆盛を極め、家産の蓄積もその頂点に達したころとなり、前記想定と符節を合することになる。

(四)  ところが、被告は、昭和五四年一〇月二六日原告らに対し「厳しすぎる判断といわれるかも知れないが」と断つた上、「原告らの先祖が原告ら主張のころより中瀬村に定住し、当地で金融業を盛んに営み、本件小判を埋蔵するに十分な経済的余力を有し、かつ、埋蔵の可能性を認めるうえでは十分な証明があるが、誰がいつ埋蔵したかの明示の証拠を欠いている以上、原告らの返還申出は認めえない。」と述べて、原告らの本件埋蔵物返還申出を却下する処分をした。

(五)  しかしながら、被告の右却下処分は、証拠法則違反、経験則違反の違法がある。すなわち、

1 本件小判の如き埋蔵物について誰がいつ埋蔵したかの点についての確証を要求し、その立証をまつて返還するとの報告の態度は、原告らに対し不能を強いるにほかならない。けだし、本件小判につき右の如き事項を明記した文書が残されていたとするなら、今日まで埋蔵された状態で経過するようなことは考え得ないところであるからである。

2 民法は、埋蔵物を所有者に返還する旨を規定しているが、右にいう「所有者」とは、「経験法則上、その者が所有権を有することについて、合理的疑いをさしはさまない程度の証明のある者」と解すべきところ、原告らが被告に提出した各証拠によつて認められる諸事実、殊に初代安兵衞以降斉藤家累代の生活並びに居住状況及び本件埋蔵地に由緒ある旧家の誰からも本件小判につき競合した返還申出がなされていない事実等を総合するなら、本件埋蔵物が原告らの共有に属することについて合理的疑いを容れる余地はない。

(六)  そこで、原告らは、本件却下処分の取消しを求めるとともに、本件埋蔵物の返還を求めるため、本訴請求に及んだ。

二  請求原因に対する答弁

(被告)

(一) 請求原因(一)の事実のうち、本件小判等の発見、届出及び提出が原告ら主張のとおりであることを認める。

遺失物法による公告は、同法施行令第二条の規定により、被告が本件埋蔵物の差出しを受けた昭和五四年二月七日から同月二〇日までの一四日間なされたのである。

(二) 同(二)の事実を認める。

(三) 同(三)の事実は知らない。

(四) 同(四)の事実を否認する。

被告は、昭和五四年一〇月二六日原告らに対し本件埋蔵物が原告らの共有に属することの証明がないとの理由で、原告らの本件埋蔵物の返還の申出に応ずることができないことを通知したのである。

(五) 同(五)の事実を争う。

(参加人 原土地開発及び同村上)

(一) 請求原因(一)の事実を認める。

(二) 同(二)の事実のうち、原告らが被告に対し昭和五四年八月一〇日本件埋蔵物につき共有持分権各三分の一を有するとしてその返還の申出をしたことを認める。

(三) 同(三)の事実は知らない。

(四) 同(四)の事実を否認する。

被告は、昭和五四年一〇月二六日原告らに対し本件埋蔵物が原告らの共有に属することの証明がないとの理由で、本件埋蔵物の返還申出に応ずることができないとの通知をしたのである。

(五) 同(五)の事実を争う。

(参加人黒田)

(一) 請求原因(一)の事実を認める。

(二) 同(二)、(三)の事実は知らない。

(三) 同(四)の事実を認める。

(四) 同(五)の事実を争う。

第四  証拠<省略>

理由

一先ず、本件訴の適否について判断する。

(処分取消の訴について)

(一)  参加人村上らが昭和五四年二月七日埼玉県深谷市大字延命地三〇七番三の宅地内から同地に埋蔵されていた元文小判四八九枚(本件埋蔵物)を発見し、同日被告に対しその旨の届出をするとともに右小判を提出したこと、被告は右埋蔵物について所定の公告をしたこと、原告ら三名の者は同年八月一〇日被告に対し右埋蔵物は原告らが各三分の一の割合でその所有権を取得したものであることを申告してその返還を申出たこと、ところが、被告は、同年一〇月二六日原告らに対し本件埋蔵物につき原告らの申出に応ずることができない(本件措置)として、右申出に応じなかつたこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。

(二)  原告らは、行政庁たる被告の本件措置は本件埋蔵物返還申出の却下処分であるとしてその取消しを求め、被告は、右措置は単なる通知に過ぎない旨主張する。

ところで、行政処分の取消訴訟は、行政庁の処分によつて生じた法律上の効果により法律上不利益を受けている者に対し、行政処分を取消すことによつて右の法律効果を失わせ、これにより権利救済を図ることを目的とするものであるから、その取消しの対象となる処分は、法律上の効果を生ずるものに限定されることは当然である。そこで、被告の本件措置が、原告らの法律上の地位ないし権利関係になんらかの影響を与えるような性質を有する行為、換言すれば、処分性を有するものであるかどうかが検討されなければならない。

1 先ず、埋蔵物に関する法令の規定について検討する。

遺失物法第一三条の規定により、遺失物に関する同法の規定は原則として埋蔵物に準用されるところ、同法第一条第一項は、「他人ノ遺失シタル物件ヲ拾得シタル者ハ速ニ遺失者又ハ所有者其ノ他物件回復ノ請求権ヲ有スル者ニ其ノ物件ヲ返還シ又ハ警察署長ニ之ヲ差出スヘシ」と規定し、同条第二項は、「物件ヲ警察署長ニ差出シタルトキハ警察署長ハ物件ノ返還ヲ受クヘキ者ニ之ヲ返還スヘシ若シ返還ヲ受クヘキ者ノ氏名又ハ居所ヲ知ルコト能ハサルトキハ命令ノ定ムル所ニ従ヒ公告スヘシ」と規定し、これを受けて同法施行令第三条第一項は、「警察署長は、遺失者等から物件の返還を求められたときは、総理府令で定める様式による受領書と引換に返還しなければならない。この場合において、警察署長は、遺失者等にその氏名及び住所を証するに足りる書類を提示させる等の方法によつて遺失者等であることを証明させなければならない。」と規定している。さらに、民法第二四一条は、「埋蔵物ハ特別法ノ定ムル所ニ従ヒ公告ヲ為シタル後六ケ月内ニ其所有者ノ知レサルトキハ発見者其所有権ヲ取得ス但他人ノ物ノ中ニ於テ発見シタル埋蔵物ハ発見者及ヒ其物ノ所有者折半シテ其所有権ヲ取得ス」と規定し、遺失物法第一条第一項但書、第八条第三項、同法施行令第九条第一項は、右の場合所有、所持を禁ぜられた銃砲刀剣類につき除外事由を定めるほか、文化財保護法第六三条第一項は、文化財である埋蔵物につき、「その所有者が判明しないものの所有権は、国庫に帰属する。」と定めている。

なお、遺失物法第一〇条、第一〇条の二、同法施行令第一一条の規定によると、日本国有鉄道は、警察署長と同じく、船車建築物等における遺失物の保管、所有者等への返還をすることができるものと定められており、同法第四条第一項は、報労金につき、「物件ノ返還ヲ受クル者ハ物件ノ価格百分ノ五ヨリ少カラス二十ヨリ多カラサル報労金ヲ拾得者ニ給スヘシ」と規定し、かつ、文化財保護法第六三条第三項によつて埋蔵文化財について準用される同法第四一条第三、第四項の規定によると、発見者に支給される報償金の額に不服のある者は、「国を被告とする訴えをもつてその増額を請求することができる。」ものとされ、同法(昭和二五年法律第二一四号)附則第一二六条による改正前の遺失物法第一三条第二ないし第四項においても、埋蔵文化財の発見者等に支給される報償金につき同趣旨の規定がおかれていた。

2 右にみたとおり、埋蔵物に準用される遺失物法の規定によると、遺失物を拾得した者は、自らの判断でこれを直接遺失者に返還することができるほか、警察署長(日本国有鉄道の占有監守する船車建築物等においては日本国有鉄道)に差出すこともでき、遺失物の差出しを受けた警察署長も、これを保管し所有者等の権利者にその権利を証明させたうえ返還しなければならず、この場合権利者は拾得者に対し報償金の支払をしなければならないのであるから、遺失物の差出しを受けた警察署長のする保管行為は、遺失者と拾得者との間における法律関係と同様に、一時的な預り行為であつて、その行為の実質は、民法上の事務管理に相当する行為と認めるのが相当であり、このことは、埋蔵物に関する場合においても異なるところがない。

そうすると、警察署長の埋蔵物の返還又は返還の拒否は警察署長が行政庁であるからといつて法律効果を生ずるところの公権性を有するものではなく、これによつて、所有者の埋蔵物についての所有権の存否など権利関係を確定する性質を有するものではないというべきであるから、被告の本件措置は、単なる事実行為と解すべく、従つて、これにより、原告らの本件埋蔵物に対する法的地位ないし権利関係になんらの影響を及ぼす筋合いのものではない。すなわち、被告の本件措置により本件埋蔵物の返還を拒否された原告らは、右埋蔵物の占有者に対しその返還を請求する権利になんらの消長もないのであるから、被告の本件措置に処分性を認める余地はない。

この点に関して原告らは、被告の本件措置は公権性を有すると主張するが、賛成できない。その理由を敷衍すると、次のとおりである。

イ 先ず、原告らは、警察署長が埋蔵物返還申出を拒否した場合には行政上公権性を有するものであるとし、その理由として、所有者が警察署長に対してした埋蔵物返還の申出が拒否され、又はこれが返還申出をしないときは、発見者らがその所有権を取得し埋蔵文化財にあつては国庫に帰属するものとされているから、警察署長の措置により埋蔵物の所有権の存否など所有者等の法的地位に重大な影響を及ぼすことになることをあげる。しかしながら、前にみたとおり、埋蔵物につき発見者等がその所有権を取得し、埋蔵文化財の所有権が国庫に帰属するのは、法定の公告をした後六カ月以内に所有者が判明しないこと等一定の要件を備えた場合の法律効果、換言すれば、法律の規定によるものであつて、警察署長の返還申出の拒否等の措置によるものではないから、右主張は、その前提において失当である。

ロ 次に、原告らは、被告の本件措置のような場合には、行政不服審査法第一条第一項、行政事件訴訟法第八条の規定の適用がある旨主張するが、前示のとおり、埋蔵物に関する規定を検討するも、埋蔵物返還申出を拒否された場合につき不服審査手続は設けられておらず、また警察署長の右拒否行為につき処分性を附与したと解するに足りる法文上の根拠も存しないから、右主張は採用の限りではない。

ハ もつとも、本来私法上の関係に似た性質を有し公権性を認め得ない行為であつても、法律が特にその行為に処分性を附写した場合には、その行為について取消訴訟を提起することができる(弁済供託の取戻請求却下処分につき肯定した最高裁判所昭和四〇年(行ツ)第一〇〇号、同四五年七月一五日大法廷判決、民集二四巻七号七七一頁参照。)が、被告の本件措置が、原告らのいう伝来的公法関係に属するものであつたとしても、埋蔵物の返還手続については、供託物取戻手続の場合のように、法文上「却下」とか「処分」といつた字句は全く用いられていないばかりでなく、警察署長のその返還拒否行為についても不服審査手続の設けられていないことは、前示のとおりであり、また、その実質を考えてみても、遺失物、埋蔵物の返還の場合には、供託物の取戻の場合のように、大量の事務を確実、迅速に処理するための公益上の必要性も存しないから、その返還をめぐつて紛争が生じた場合には、その解決を当事者に委ねても、なんらの不都合も存しない。従つて、法が埋蔵物返還申出の拒否につき、特に処分性を附与したものと解することも困難である。

(本件埋蔵物返還の訴について)

原告らは、行政庁である被告に対し本件埋蔵物の返還を求めているが、右はいわゆる義務づけ訴訟と解すべきところ、このような訴が許されるかどうかについては問題のあるところであるが、仮にこれを積極に解するとしても、本件において、被告に対し右埋蔵物の返還を命じても被告の第一次的判断権を害しないこと、事前の救済の必要性が顕著であること及び他に適切な救済方法がないこと、以上の要件がすべて具備されているものと認めることができないから、右の訴は、不適法である。<後略>

(長久保武 大喜多啓光 山田知司)

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